「美」の役割とは何か?
それは、生命のなかに仕組まれて、
あるべき状態へのナビゲーション、水先案内として働きます。「水先案内」とは、船の針路の案内をすること。
転じて、「未知の分野においてガイド的な役割をはたす」こと、です。(はてなキーワードより)
そこから導きだされるものは「美とは人の急所だ」ということです。
「急所」とは「命(体と心)にかかわる大切なもの」のことをいいます。
英語では急所は「key point」、問題を解く鍵、つまり重要な手がかりなのだといいます。
美は、生きるということにおいて、
さまざまな可能性を拓く発火点であり、ハートというパワフルなエンジンをスパークさせる力もあります。
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ずっと昔に、映像で見たのですが、
その頃から、不思議に思っていたことがあります。
アフリカのマサイ族です。
彼らは、飼育する牛の頸動脈を生死に影響がない程度に小さく切って日常的にその血を飲んでいます。
およそ一人に、小さなコップ一杯分くらいでした。
それで、彼らのヨーグルト中心の食生活での栄養の偏りを補っているのだそうです。
その血の中に、彼らの日常食ではとれないビタミンCと鉄分があるからです。
しかし、血を飲む姿は、なんとも言えないものがありました。
人間は、お腹いっぱい食べても、ビタミンが摂れないと死ぬそうです。
事実、日露戦争では、玄米を(味を良くするために)白米に精製したことで、兵が、脚気となり、約2万7千人が死亡し、
17万人が動けなくなったことは有名な話です。脚気はビタミンB1欠乏症です。
しかし、牛の血に、ビタミンCと鉄分があることを、どうやって、彼らマサイ族は、見つけたのでしょうか?
そもそも、ビタミンや鉄分などを、知っているわけがありません。不思議なことです。
その、謎の答えが、見つかりました。
救命ボートで75日漂流した後、運良く助けられた人の話です。
彼は、乗っていたヨットが沈没した後、救命ボートに備え付けられていた釣り具で、魚を取ってその肉だけを食べていたそうです。
しかし、魚の肉だけでは人は生きられません。前述したとおり、それだけではビタミンが摂れないからです。
ところが、彼は、その後、魚の肉だけではなく、ちゃんとビタミンのある魚の目や内蔵を食べていました。
彼は、それを、
知っていたんでしょうか?・・・・・
いや、それは知っていたのではなく、
「美味しいそうに思えたからなんです、強い食欲を感じたのです。」
と、彼は答えています。
魚の生の目や、生の内蔵が、食べたくなるほど、美しく(美味しそうに)見えたわけです。
もちろん、生きるために必要だから、脳がそれを摂取するように働きかけたわけです。
その人の立ち位置(状態)によって、見えるもの(美醜)は変わっていきます。
彼の状態は、捨ててしまう生ゴミが、ご馳走になった瞬間であり、
それは、いいかえれば、今、切に、必要とする「美(エネルギー)を、発見した」瞬間です。
美(Creative View)は、水先案内であり、私たちは内(命)から、導かれていきます。
そこに、「クリエイティブ(生きる力の出産)」という本質的な働き(創造的問題解決)があるのではないかと思うのです。
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慶応義塾大学の川畑秀明准教授は、
曖昧な美しさの定義を、脳の働きを測定することで、明らかにしようとしています。
その方法は、MRIで、美しい絵を見た脳の反応を測定するものです。
美しいと思うとき、目の後あたりにある眼窩前頭皮質(がんかぜんとうひしつ)と呼ばれる脳の部位、この部分の活動が高まるそうです。
意外なことに、あることをしているときにも大きく反応するといいます。
その、あることとは、美味しいものを食べたときです。
美しい絵を見た時と、美味しいものを食べたときは、脳の同じ部分が反応します。
そういう感動体験をしている時に眼窩前頭皮質は、活動が高まります。
その眼窩前頭皮質は、報酬系というメカニズムの一つで、絵を美しいと感じるときは、
私たちの脳にとってあるいは生活にとっての一つのご褒美になるそうです。
それは、褒めて育てるというように、褒められたという喜びが「人の意欲というエネルギーを高めてくれる」ということと
同じ働きをするということです。
そこに、もう一つの美の役割があり、美は、生きる(意欲)ということに強く関係しています。
ゆえに、食に、関係づけられていると思います。
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美(という刺激)が、生きる力に、深く関わっている実例をもう一つ紹介します。
美味しさ、つまり、味には五つの要素があります。
酸味・甘味・塩味・苦味、旨味ですが、この旨味は、1908年、東京帝国大学・池田菊苗教授が発見したものですが、
海外では、うまみは風味のようなものとして軽んじられていたようです。
ところが、2002年、うまみ成分の一つグルタミン酸に反応する受容体が舌の表面だけでなく、胃や腸など消化管でも発見され、
旨味は、甘味や、苦味などと並ぶ第五の味覚として世界で確立され脚光を浴びたのです。
医療の世界では、この旨味の強めた食事を与え、認知症の治療効果を上げようという試みがはじまっています。
なぜならば、その受容体が、旨味を感知すると脳に信号を送り、胃液の分泌を促すなど消化機能のスイッチの機能があると考えられ、
この機能が、認知症の患者の生活を改善する可能性があるとみられているからです。
認知症患者の入院食は、摂取しやすくするために水分を多めにしてミキサーにかけるため、薄味で旨味が少なくなる傾向があり、
そこで、お粥などに旨味成分を実験的に加え、食事の取り方が変化するかという調査が行われました。
調査前はベッドにもたれて食事をしていた認知症患者は、開始から3ヶ月後、体を起こして積極的に食べるようになり、
調査を受けた11人のうち、全員で、顔の表情の改善が見られ、発語がしっかりする、会話に成り立つようになるなど変化が見られたといいます。
旨味を感知した受容体からの信号が脳に刺激を与えたために活性化したとみられています。
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旅の文化研究所、民俗学者の神崎宣武所長は、「気枯(けが)れる」ということをいいます。
「一カ所にずっといると、鬱積(うっせき)するものがある、それ(気枯れ)を晴らすために旅に出る。」そうです。
「普段の気があります。この普段の気が労働とか、あるいは、同じような人間関係のなかで疲れてくると、
古いことばでいうと、気枯れる、気枯れが出てくるんですね。その気枯れをほっとおけば病気になる。さらにほっておけば死にいたる。
気枯れかかったら、治す。その一つの行動パターンが、旅だったんだろうと思うんです。」といいます。
この気枯れという体感状態、フィーリングは、どなたにもわかると思います。
「感覚の世界(イー・フー・トゥアン著)」という本には、「美」について「気枯れ」のような内容が書かれています。
「美の役割の大きさを暗示するのは、エステティック(美)の反対語であるアニステティック(麻痺)が、
”無感覚”----生きながら死んでいる状態----を意味するということである。」
美を、「心の飢え」「体の飢え」という意識で考えると、漢字の「美」という字源「羊+大」も理解できそうです。
羊が聖なる生贄という意味からともいわれますが、心の力(エネルギー)、体の力(エネルギー)という内なる力を、
発火させるエネルギーだと考えられなくもないと思います。
私たちは、お腹いっぱいでも飢えています。
あのヨットで遭難した彼と同じようにです。
何に飢えているのか?
それは、いのち輝かせるものに・・・、です。
肉体的にも、精神的にも、「美」は、生のエネルギー(意欲)を触発させます。
それは、人々の可能性をも拓く力、パワーがあります。
そして、いつの時代にも、わたしたちが、今、必要とする切実な飢えがあり、そのための「美の発見」があります。
いつの時代にも、
それ(切実な心の飢え)を発見する水先案内人がいます。
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